シルバーはインディアンと出会った。
単なるアクセサリーを超えた存在になった。
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インディアン・ジュエリーの起源はというと、さほど古い話ではない。今からおよそ150年ほど前にさかのぼる。日本の歴史で言えばペリー提督の浦賀来港や、安政の大獄が起こっている辺りになる。それはさておき、1850年代、スペイン人によって銀細工の技術がナバホ族に伝えられた。当時の材料と言えば、メキシコのメソ硬貨とアメリカ銀貨を溶かしたものくらいだったようだ。細工のための道具となると、拾ってきた金属片だったりと状況はとても恵まれたものではない。そんな、悪条件のもとでもインディアンとシルバーの出会いは、彼らのあふれんばかりの独創性に火を点け、みごとな作品へと結実した。
ナバホ族からズニ族へ、ズニ族からホピ族へ…銀細工の技術は土に水が染み込むように自然に伝わっていく。 |
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ターコイズはそこにあった。
あとは繋がるだけだった。
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インディアン・ジュエリーにターコイズが用いられるようになったのは1890年代末のことだったが、アメリカ南西部における、ターコイズの歴史はかなり古く、少なく見積もっても1200年前、つまり西暦700年、あるいはそれ以前にまで遡るとも言われる。当時採掘されていたターコイズは、ニューメキシコ州からトルコを経由し、別名「トルコ石」と姿を変え、海の向こうに運ばれていった。皮肉なことに、ヨーロッパ人が新大陸の存在を知るずっと以前のことである。
ターコイズはその色が水と空を連想させることから宗教儀式に欠かせない存在であると同時に、社会的地位を示すものであったようだ。
残念なことに、現在では、「空の神」の石はほとんど採掘し尽くされ小規模な鉱山がちらほら残っているのみである。(ほとんどが中国からの輸入品でまかなわれているそうだ。) |
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見たものをそのまま写すのでない
その奥深くにあるものを!
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時代が過ぎゆくうちには、古きものから逸脱したいという欲求も否応なく高まるもの。第二次世界大戦直後、名高きホピ族のアーティスト、チャールズ・ロロマとプレストン・モノンガイが先駆けとなり、昔ながらのスタイルと決別を唱える「コンテンポラリー・ジュエリー」が生み出された。ロロマの作品は伝統を題材にしてはいるものの、そのフォルムや絵画のような色使いはそれまでに無いものであった。
70年代半ばまでに、多くの革新的な技法が登場するようになり、素材も多様化し、ターコイズやサンゴ以外に、南米産のブラックオニキス、アフガニスタン産のラピス、アフリカ産のマラカイト、オーストラリア産のオパール、メキシコ産の真珠など、今や新顔の石は毎年のように登場する風だ。ベースの鉱物にしても、ゴールドやプラチナなどが織り交ぜらっれるようになり、コントラストをひきたてるのにも一役買っている。
完成された伝統美と、アーティスト達のほとばしる感性の奔流が激しく押し寄せる、すべてがインディアン・ジュエリー。 |
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読み物編
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